4月1日を「わたぬき」と読めるのはオタクです
3月14日のはてなダイアリー開設記念日に更新しようと思ってたらすっかり忘れてた・・・
彼女がいないのもDTなのもすべてウソになればいいのにな
祝!横浜優勝
そういえばすっかりこちらのブログでは更新していませんでした。
その間に横浜が日本一になりました。やったぜ。
ちょうどはてなダイアリー始めたくらいからファンになったので,ちょっと感慨深いですね。
・横浜が壊滅的に負けまくってネットの話題になる
・「横浜ベイは白いワンピースを着た色白で病弱な美少女」スレが立ち,球団擬人化がなされるようになる
・須田さぎり先生が自身のHPにて球団擬人化の「ほしなちゃん」を描き始める
・↑これを毎日眺めているうちに横浜ファンになり始める
それからは,友達と試合見に行ったり,親父&伯父と見に行ったり,家族で行ったり,1人で行ったり応援しました。
大学に向かいながら大矢監督の休業を知ったり,後輩のおかげで三浦監督の引退試合を見に行ったり,
初日本シリーズ決定とともに鳥取への就職が決まり,第6戦をRadikoで聞いてたらテレビの速報にネタバレされたり,いろんな思い出がありました。
そして同じ後輩のおかげで日本シリーズの胴上げを生で見ることができました。感無量でした。
どうやら就職する年に日本シリーズに行けるようなので,常勤職を得たらリーグ優勝できるかな・・・?
ダイアリー(はてブロ)開設記念日
このブログは2003年3月14日に開設しました。
なので,今日が21周年ということです。おめでたい!
ただ,その期間ずっと続けていたわけではなく,
2003年~2006年:はてなダイアリーがメイン
2006年~2010年:mixiがメイン
2010年~:Twitterがメイン
でした。
mixiは友人からリアクションがもらえる点,Twitterは短文をスマホなどからすぐ書ける点が優れていて,
その魅力に引っ張られた結果,このブログは放置され気味です。。。
特にTwitterはここでやりたかったこと(自身の記憶の代わりとなる日々の記録)に向いているのでTwitterばっかりやってます。
ただ,Twitterも広まりすぎた結果,「うかつなことは書けない」「今いるとこがわかってしまうことが書けない」などの制約があるので,ちょっと自由度が低い気がしています。
ちなみに21年経ってますが21年前と同じくDTのままであり彼女もおりません。
どうしてこうなった・・・(ヒント:学者路線にいってしまった)
では22年目もよろしくお願いします。
4年に一度のうるう日
はてなダイアリーと違って昔にさかのぼって日記を書くことができないので,ちゃんと当日に書きます。
うるう日の記録があるのが2004年からなので,それ以降の様子を書いてみます。
2004年
2004年の2/29はアニメイト渋谷店に初めて行ったようです。16歳。
まだ渋谷区桜丘町にあった時代ですねぇ。
xchika62.hatenadiary.jp
2008年
2008年の2/29は友達と大江戸温泉に行ったようです。20歳。
大江戸温泉はもうなくなったけど,この時の友達たちとはたまに温泉に行きます。
xchika62.hatenadiary.jp
2012年
2012年の2/29は雪が降ったらしい。24歳。大学院生で博士に進むことが決まったころか。
この年から主な記録はTwitterに移行しています。
(2008年ごろはmixiだったはずなのに特に記録はない)
2016年
2016年の2/29は何か特別なことをした記録はない。28歳。まだ博士院生。
2012年も2016年もゆかり王国民継続の振り込みをしている。
今はカード決済なので日付を自由にできないのが残念。。。
2020年
2020年の2/29は城崎温泉に行った。32歳。博士号を取って鳥取にいたころである。
コロナが蔓延し,隣県の混んでないところに行くのがギリ許されてた時代。
冬の城崎温泉は大学生カップルだらけで居づらい雰囲気であったようだ。
2024年
2024年の2/29は次年度の就職の手続きのために住民票やらなんやらを取りに行った。36歳
令和6年2月29日の並びはなんか新鮮である。
新宿に行って今日の日付の切符や京王ライナーのチケットを買ったりした。
さて,次回のうるう日は40代である。常勤職とかパートナーがいるといいな・・・
訃報
聞きたくなかった訃報を聞いてしまった
まだ,報告だけなので対面するまでは実感はないが,
おばあちゃん,そんなあっさり亡くならんでもええやん・・・
おじいちゃんが亡くなったとき(2008年3月)のブログを探したけど,特に書いては無かった
言及したのは2週間くらい経ってからだった
https://xchika62.hatenadiary.jp/archive/2008/04/12
これで「祖」がつく親戚全員いなくなってしまった
ひ孫を見せられなったのは心残りだが,自分の書いた本を生前に渡せたのはよかったな・・・
ベルセルクの作者が亡くなったときの平沢進先生のコメント(ツイートかな)にあった
”死は悪いことでは無く,ただ肉体の存在がなくなって別次元に移動したのみで,脳内でいくらでも会話できる(意訳)”
ということがとてもささっているし,そういうことなのかもしれないと思っている。